『宜蘭クレオール』を探して(2)
前編『宜蘭クレオール』を探して(1)はこちらから
石段を下り、歩いてきた道を引き返す
酒盛りに混ぜてもらう

『宜蘭クレオール』を探して(1)
台中市から寒渓部落へ
台中高鐵駅から新幹線と電車、バスを乗り継ぎ5時間程かけて台湾北東部にある宜蘭県の寒渓(カンケイ)部落へと向かう
『宜蘭クレオール』とは…
※1『台湾語』: 台湾では公用語である中国語に加えて、中国の福建省にルーツを持つ台湾語が台湾の南部地域や高齢層を中心に母語として話されている
※2『ピジン』: 三つ以上の異なる言語を話す人々が接触し、意思疎通をするために自然形成された言語変種
寒渓部落に到着|寒渓國小、そして寒渓神社跡地へ
午後11時半過ぎ、寒渓部落へ到着
宜蘭県の羅東から山間部に向かってバスで40分ほど走ったところにあり、地名の通り渓谷も見える
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| 全長324メートルの寒渓吊橋|主塔にはタイヤル族の伝統『菱形模様』などが鮮やかに描かれている |
バスで村へ向かう途中に雨が降り始め、到着した時にも雨が降っていた
生憎の雨だが、小雨程度だったので取り敢えず探索してみることにする
バス停に降り立つと道路を挟んだ向かい側に寒渓教会がある
今日はこちらの牧師さんとお会いしお話を伺う予定になっている
が、現在の時刻はまだ11時半過ぎ約束の時間までは4時間以上もあるため、手始めに、事前に調べていた寒渓部落唯一の小学校(寒渓國小)を見に行くことにする
ここはこの地域における蕃童教育所(旧称:寒死人渓蕃童教育所)が設置されていた正にその場所である
こんな山奥の場所にも関わらず、当時は学校のすぐ近くに神社も建設されていたそうだ
バス停から小学校までは数百メートル学校へ近づくにつれてだんだん人が増えてきた
小学校の外壁に沿って校門まで食べ物の屋台が立ち並び、子どもから大人まで何やらにぎやかな様子何かイベントをしているようで、マイクで何か話している声が聞こえる
屋台で食べ物を求める人たちを横目に、外国人に対する視線を多少感じながら校門付近へ行くと、きれいに整備された校庭のトラックで運動会が行われていた
これは後に聞いたことだが、この運動会は年一回開催されるお決まりの行事で、近くの部落からも参加者がいる部落対抗型の運動会のようだ
部落ごとに決められた色のキャップ帽に大きく部落の名前が印刷されている
因みに、運動会と言っても子どものものではなく、大人たちが裸足で何か重石のようなものを肩に担ぎ、走り回っている
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| 寒渓國小|年に一度、大人の運動会開催中 |
学校の敷地内に入り、近くにいた男性二人に話しかける
台湾原住民の多くはオーストロネシア語族系の民族で、タイヤル族も褐色系の肌に骨太な人が多い印象を持つ
「 請問一下。你知道日本時代的神社在哪裡? 」
「OK。謝謝你。」
こちらを振り向くと紫色に白字で「寒渓」と書かれたキャップ帽を被っている
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| 日治時代の寒渓神社跡地|現在は本殿は残存しておらず、周りには灯篭や石碑が僅かに残っている |
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| 寒渓神社の旧境内に残る『誓いの石碑』|國語(日本語)常用や習俗改善に努めるなどと謳っている |
「hayo hashiru!(速く走れ!)」
「hayo(速く/早く)」と言う単語は、諸説あるが鹿児島県、熊本県(旧薩摩・肥後地方)の辺りで使用される方言だそうだが、日治時代に日本から遥々台湾へ移り住んだ人々の中には鹿児島、熊本、福岡など九州地方出身の人も多かったという
寒渓部落に来て早々、宜蘭クレオールに触れることになった



